人生100年時代を幸せに生きよう! ライフコーチ&カウンセラーの徒然日記

ライフコーチ&カウンせラーの現場から人生100年の人生の生き方、生きがい、対応力、不安、悩みについて情報をお伝えします。

中年期の不安とは

こんにちは。髙畑吉宏です。

 

心に空虚感が漂い、生きる目的について悩む時期が大きく分けて3回あると言います。

その1つは青春期、2つ目は中年期、3つ目は人生の最期の時といわれています。

 

では最初の青春期から

 

〇青春期の不安

思春期の悩みは、進学、進路に始まり、友人関係等について多いに悩むものです。

 

後々から振り返って「こうすれば良かった」、「あれは間違っていた」と、とかく後悔するもの、それが青春である、という人もいます。

 

青春期を迎えると、自分の進路、教師との関係、友人とのトラブル等、両親には相談できないことが多発し、一人で悶々として悩むものです。

 

私の場合も、高校では寮生活で両親にはとても言えないことで苦しんだものでした。

大学進学後もそれは続きました。

 

この多情多感な青春期をどう過ごすのか─。

このような青春生活の心の葛藤は、その後の自己成長の肥やしとなっていくもののようです。

 

さて。ここからが本題。

 

〇中年期の不安と悩み

 

中年の年齢層の定義は、分野によって異なりますが、ここでは45歳以降が大体の目安です。

 

思秋期ともいわれ、子どもさんが居たら、子ともさんは青春期です。

中年期になると、青春時代に目標としてきたことの自己実現は、ある程度充足している時期。

・第一志望ではなかったかもしれないが、「そこそこ」の 

 大学にも進めた。

・志望した企業にも入れた。

・プロポーズして結婚もした。

・ローンは残ってしても、家も手に入れた。

・はたから見ても、それなりの家庭生活を維持してい……  

 等々。

 

ところが、この「そこそこ」に疑問や不安を抱き、むなしさを感じ、や空虚感に陥る人が多くみられます。

 

カウンセリングに訪れるクライアントさんには、社会的地位、年収、家族の属性からみると、なんでこの人??…、と思える人がかえって多いのです。

 

ここに中年危機(ミドル・クライシス)の意味が込められている、といっていいでしょう。

・「確かに自分は、自己実現のために多くのものを犠牲に  

 したり、避けきて今の自分を創り上げてきた」

・「ソリの合わない上司にも耐えて従ってもきた」

・「いやな満員電車にも乗り続けてきた」

・「その割には給与・ボーナスも少ない」

・「パートナー(夫・妻)からの評価が手厳しい」

・「子供と腹を割って話すことがない」

・「女の子はなつかない、気難しい」

・「その割には家庭での自分の立場や居場所はあまりな  

 い」

 

今までの自分の人生は、いったい何だったのだろう?

という人生の意味を問う不安に苛まれるのです。

 

「そういえば人生100年時代というけれど、その半分に値する年齢になってきた」

自己実現への道は、循環で、楯の道のほうは、それなりに100点満点ではないが、合格点は出してきた。

 

それは、パーソナルな領域。

 

欲求五段階説を唱えたマズローという心理学者が、最後の「自己実現」に加えて、さらにトランスパーソナル(自己超越)の実現を提案した概念です。

 

このように中年期の不安、悩みは”人生の意味“を問う課題として表面化します。

 

またそれゆえ、深刻といえるでしょう。

 

シニアの老活も、これに応えることが第一義であって、楯(循環の楯)への旅支度の心のセットといえるでしょう。

 

これらに関して安易な回答はありません。

 

多くの作家や研究者も、これらの課題に直面してきています。

 

ただ言えることは、「これは自分だけ?」と思わないで欲しいのです。

できれば、こうした心の内奥を打ち分けられる人がいれば、随分、安らぐのも事実。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

 

 

コロナ禍の出来事を省察する

こんにちは。髙畑吉宏です。

 

1.コロナ禍の私たちの自粛生活を考えてみる

 

ウィズコロナの生活を強いられ、私たちの生活の行動域と選択肢は、確実に狭まってきています。

 

新種変異株によって感染領域は、九州圏(福岡)や中部圏(愛知)、東京圏、札幌等を中心としてその感染圏が広がっています。

そしてこの原稿を仕上げている時点で、広島県岡山県等の「緊急事態宣言」がすでに発令されました。

 

このような中、国会での与野党のやり取りを観て、「??」と思う方は、多いはずです。

答弁者の立場からすれば、うっかりとしたことは言えないことは分からないでもありません。言わない、言えないという立場が……。

 

その一方で、為政者や行政の方々には説明責任の結果責任を負っています。

 

ビジネスの基本の基本でもありますが、以下の6W2Hが欠けると、話を逐次確認しなくては会話が成り立ちません。

  • When(いつから、いつまで)
  • Where(どこで)
  • Who(だれが)
  • Whom(だれに、誰を対象にして)
  • What(なにを)
  • Why(なぜ)
  • How(どうやって)
  • いくらで(How much)

 

これを一言で具体化するには、まずは数値化することです。

企業で企画書を作成した経験のある人は、これらを必ず意識していたことでしょう。

 

ところが、国会の答弁では、

「適宜、適切に対応して参ります」とか

「先手、先手で対応していく所存です」というような答弁になっていることがあまりに多いことに気づきます。

 

これでは、先の6W2Hに照らしてみると。意味不明、言語不明瞭な答弁です。

事前に質問内容を明示しておいた、質問者も、「??」という印象を受けているようです。

 

2.平和の祭典、オリンピック・パラリンピックの開催  

 は?

 

コロナのパンデミックが終息しない中、つい先ごろまでは、聖火ランナーの放映がされ、その一方では、ランナーの辞退者も相次続き出ました。

「平和の祭典」というところが、肝かも知れません。

平和とは単に戦争がない状態ではないでしょう。

 

オリ・パラにボランティア参加を希望している方々も、具体的な手順書が未だ届いてもいない状態のようです。

 

大多数の国民は、よく理解しているようです。

 

そして、このような最中、オリ・パラの開催の延期・中止の声が多数者ですね。

ここに以下の二律背反的なメッセージが届けられています。

一方では、不要不急の外出は避けて!

その一方では、再来月には大イベントを行うということ。

 

3.ノーブレスオブリージュ

 

ノブレスオブリージュ」といわれるフランスの有名な道徳観があります。

身分の高い者はそれに応じて果たさねばならない社会的責任と義務があるという、欧米社会における基本的な道徳観で、元はフランスのことわざで、貴族たるもの、身分にふさわしい振る舞いをしなければならない」の意。

 

この言葉を打ち消してしまう行動が政治家、高級官僚、専門家が見られます。

そして一部の自治体の行政の組長等の「先駆け・抜け駆けワクチンの接種」が報じられ、後味の悪い思いをさせられてもいます。

 

4.まとめ

 

一昔、演技力豊かな庶民目線を想起させる市原悦子さん主演の「家政婦は見た」がロングシリーズ化しました。

そう、私たちは、いつも観、聴いているのです。

 

目力があり、自分の言葉で語り掛ける指導者の言葉を期待してやみません。

 

ノーブレスオブリージュの姿勢は、改めて上に立つ者、上司たる者、今、実践して欲しい道徳哲学ではないでしょうか。

 

最後までお読み頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

コロナ禍で考えたこと

こんにちは。髙畑吉宏です。

本日は前の続編としてまとめています。

 

1.コロナ禍の中で考えてしまったこと

 

コロナ禍で国は「私たち国民の生命と暮らしを守る」といいます。

このコロナ禍で、雇止め、派遣切り、リストラ、事業不振・倒産、失業、不安・ストレスの増幅に苛まれている人たちが確実に増えてきています。

「行くも地獄、去るも地獄」で呻吟されている方もいらっしゃいます。

 

これを、わが国の日本国憲法第25条の「 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。 国は、すべての生活部面について、社会福祉社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」の観点から具体的に考えてみたいと思います。

 

むずかしく考えないでくださいね。

 

常々、思うのですが、「健康で文化的な最低限度の生活とは?」がしばしば気になるのです。

ただの最低限度ではなく、文化的という形容詞が加わっています。

 

今のリタイア後の年金生活者の実態からみれば、確実に2極化が進んでいます。

歴史を遡れば、国民皆年金制度に端を発していることがみえてきます。

当時は「国家100年の計画」として定められ、諸外国からも評価されました。

また当時は、人生60年時代で、勤めビトの定年も60歳までであり、その後は余生と位置付けられていました。

 

第1産業に従事していた方も多く、農林・漁業、加えて個人商店主は、国民年金に加入し、その仕組みは、今も続いています。

 

この人たちが受け取ることのできる年金額は、ざっくりとして言えば、せいぜい6万円台弱程度です(「国民年金基金加入者を除く」)。

しかも、今現在、国民年金を支える現役側の加入者は、50%に満たないのです。

 

これで、将来はどうなるのか、不安になったり、気になったりするのは私だけでないと思うのです。

 

事実、私の知人・友人で、元個人事業主で、夫婦合わせて約11万円台で生活している人が居るのです。

 

では、実際のところ、生活を切り詰め、文化的最低限度の月々の生活費は、果たしていくらなの?

─と思われる人が少なからず、いらっしゃるでしょう。

 

結論を急がせないでくださいね。

 

プロセスも大事ですから……。

 

上記の先輩とも、よく相談でお話するテーマでもあります。

 

その前に、2極化のエリート(?)年金生活者は、主人も、奥様も共稼ぎで、企業・団体(=共済組合、公務員)で、コツコツと働き、定年を迎えたような方々です。

このような方々の年金額は、およそ50万円前後の計算になります。

 

すでにお分かりのように、国民年金だけの支給額とは大差です。

 

さて話を戻します。

 

私のカウセリング相談事例(といっても、ファイナンシャルなことは専門外です)から言えば、

まずは最低限度の生活+文化的生活

の図式から言えば、生活権の確保+αとなります。

この+αの部分が文化的生活の部分です

 

このαに、趣味、読書、ライフワーク、サークル活動、社会活動、仲間との交流といったものを加味しなくては、文化性が生まれません。

 

 分かりやすくして話を進めます。

 

これらを保つためには、最低でも月々、13万円(個人差、個人の属性の一切を除いた一般論で、恐縮…)は、最低でも必要ではないでしょうか?

 

そのために国は生活保護手当等をセーフティーネットとして制度を用意してはいますが、私たちにとって、使い勝手が良いとはお世辞にも言えません。

 

2.コロナ禍であっても生活の質を落とせないで居る人の例

 

この方をYさんと呼ぶことにします。

Yさんは、今、地方移住して生活されています。

街にコンビニの1つもない、とある関西の過疎の小さな村です。

 

チャリンコで10分間圏内にコンビニの7,8件は存在するわが家とは大変な違い。

 

夜は街灯もなく、真っ暗闇になり、昼間は小鳥のさえずりが聞こえてくる自然がとても豊かな環境です。

コロナ禍の生活は、以前とさほど変わりがないと言っていました。

 

そして彼の家族は、農業に従事しています。

日々の食費は、あまりかからない、とのこと。

その理由は、誰かが、そっと取れたての野菜を置いてくれるらしい。

 

今、私の住んでいる、埼玉都民(?)とは大違い。

 

つながりのあるコミュニティを求めて地方移住すればいいのかというとそうでもないのです。

 

私も、かつて瀬戸内海のとある島に「移住体験」を1週間したこともありました。

その島のある市は「移住促進」の制度がありました。

 

さて話を戻しますと、

 

過疎地域には、過疎地としての課題を抱えていて、限界集落化していて、家々が孤立化しているのです。

その現実はよく把握しているつもりです。

 

どうやら、つながりのある地域と、そうでない地域に分かれるようです。

 

3.つながりを求めて

 

これから文化的要素を加えると、生きる上で“つながり”は欠かせません。

 

社会制度的にみると、ハード面では、セーフティネットが構築されてはいるにしても、どこに相談したらよいかわからないのも現実。

たとえば、行政機関へ家庭内暴力、いじめ、生活支援の相談に行く場合に、一人では立ち向かえないケースが多々あります。

 

そこで寄り添ってくれるのが、NPO法人を始めとする各種相談機関なのです。

たとえば、一夜の駆け込みの宿が欲しい場合、それらの法人がケアしてくださることがあります。

 

そこで私は、考えてみました。

いったい、誰がそれらの経費を支払っているのだろうか?と。

それら法人の代表者のポケットマネーではありません。

すべて寄付行為のようです。

 

このように私たちは、どこかで、誰かとつながり、助けられてもいるのです。

 

少し、ホッとしませんか?

 

それらには各種ありますけれど、以下の「自殺対策等」で活動されている清水さんの活動も、その一つです。

https://www.lifelink.or.jp/index.html

 

最後までお読み頂き、ありがとうございました。

 

 

昨今の巣ごもり生活

こんにちは。髙畑吉宏です。

しばらくブロブの更新を怠っており、恐縮です。

これでも、あれやこれやで結構、忙しい日々を過ごしています。

さて今回は、今現在進行形中の巣ごもり生活の私の現状報告をシェアしたいと思います。

 

1.地元での現状から


本年の4月度から地域の班長(来年の3月度まで)となりました。

班長と言っても9年間に一度まわってくる仕組みです。※選ばれたわけではありません。

この任務(?)は、自助・共助・公助のうちの「共助」となります。

その”任務″といえば、以下の4点です。

  • 回覧板の発信元
  • 役員会の出席(月1回)
  • 自治会費の徴収と納金(年に2回)
  • 集会所の清掃(6月度に2回)

 

恐らく他の都市圏の都市部も同様な実態だと思うのですが、地域での共助はといえば、上記の4つ以外に機能していないのでは……。

上記に共通していることは、アナログティックな作業が伴う点です。

 

結論からいえば、この4つを除いて、地域での共助は無くなっているとう悲しい現実。

近所のお付き合いはなく、まして

子供会やお祭り、防犯パトロール隊も今や存在しておりません。

第一、私の班には、子どもも見当たらず、うち2世帯は鍵で占められたまま長期不在の状態。※病気療養中。

ほとんどが高齢者で夫婦2人での年金生活者の家族構成。

お寺や神社で遊ぶ子供は、かなり以前から、その姿を消したようです。

 

今はブランコがわびしく風にゆれています

 

神社の数は、コンビによりも多いと言われておりましたが、ここ数年間で激減してきています(文化庁調べ)。

 

おおげさに言えば、今の日本の人口構成の実態を縮小化したのが、我が家の地域の現状なのです。

 

さて本題に入ります。

 

2.コロナ禍の自粛生活

 

私たち日本人は、ウィズコロナの自粛生活の生活に慣れてはきました。

改めて考えてみると

「自粛」とは、自ら進んで行いや態度を改めること、とされています。

すなわち、自発的かつ積極的に行動を選択するのが、本来の意味なのでしょう。

他の選択肢がない場合、それに従わないと、心理的プレッシャーになります。

 

ことに高齢者や、基礎疾患を有する方々に取っては、本来の意味での「じしゅく生活]なのでしょうか?

 

私は、「じしゅく生活」でなく「いしゅく(萎縮)生活」なのでないのではないかと思うこと、しばしばです。

 

上記のように言葉を額面通り受けとめて「自粛」しているならば、そうそうイヤになったり、マナーを破って敢えて外出したり、路上飲みはしないでしょう。

 

いつからともなく、「巣ごもり生活」とも呼ばれるようになりました。

あまり観ることのない、テレビでも「巣ごもり生活用品」の需要が高まってきていると放映していました。

 

「巣ごもり」とは、広辞苑によると「すき間なく回りをかこまれている中に入って外に出ない」という意味であるらしい。

よって巣ごもりしていくわけですから、(=家)に必要なのは、肌に接するような抱擁感だそうです。

 

「家」を表す英語に「ハウス」と「ホーム」がありますネ。

この2つの英単語は、ニュアンスが異なります。「ハウス」といえば、物理的な「家」のこと。

 

だから家をつくる業者をハウスメーカーという訳です。

その新居〈モノ)に入るのは家族です。

 

そういえば「ステイハウス」とは言わず、「ステイホーム」と言われます。

ホーム=家庭のニュアンスで言われている標語となっているのです。

 

お家があっても、居場所がなければ、ネットカフェに泊まったりして暮らさなければなりませんし、お家に、文字通り巣のように安心して、くつろげるあたたかさ、抱擁感が得られなければ、ハウス化しているといえるでしょう。

 

家族の家庭機能不全に陥っている状態と言えるでしょう。

 

次稿以降では、これらについてできるだけ具体的に考えてみたいと思います。

 

最後までお読み頂き、ありがとうございました。

 

 

 

巣ごもり生活を豊かにするためのヒント

こんにちは。髙畑吉宏です。

 

1.巣ごもり生活の実情の一側面

 

行きたいところがあるけど、今は行けない。我慢している。

日々、悶々するときがあるけど、誰にも打ち分けられない。

妻(夫)には相談できそうもない…。

いやいや、とてもとても妻(夫)には?

残り少ない連休を、もっと時間を有効に過ごしたい…

 

このような巣ごもり生活をしていらっしゃる方も多いでしょう。

1日に限ったら、1日5万回も思い(感情)を抱いていると指摘されています。

 

日々、あなたはどのような感情生活を送っていらっしゃいますでしょうか?

以前、紹介した米国を始め、多くの読者を持つ、エスター・ヒックス&ジェリー・ヒックス著『願えば、かなう エイブラハムの教え』の感情の分類に従って述べてみたいと思います。

同書は、私たちの感情に着目していています。

同書によれば、以下のとおりです。

 

2.感情のスケール

 

1.喜び/気づき/力があるという感覚/自由/愛/感謝

2.情熱

3.熱意/意欲/幸福

4.前向きな期待

5.楽観的な姿勢

6.希望

7.満足

8.退屈

9.悲観的な姿勢

10.不満/苛立ち/焦り

11.打ちのめされている状態

12.失望

13.疑い

14.心配

15.避難

16.落胆

17.怒り

18.復讐心

19.嫌悪/憤り

20.嫉妬

21.不安/罪悪感/自信喪失

22.恐れ/悲しみ/うつ状態/絶望/無力感

 

2.感情は場面ごとにうつろいでいく

 

私たちの日々は、場面、場面で構成されています。

朝起きた時

→今日は身体が重いなぁ→今日の1日はつらい日になるのか…

→ぐっすり眠れた→これからの仕事をこなしていくぞ!

→今日は頑張れるそう!→そうだ!上司に○○の件を提案してみよう!

そして場面は切り替わります。

 

朝食のとき

夫:

→妻との会話が噛み合わないなぁ→これからもこの状態が  

延々と続くのか? 

→(いつものように)淡々とした会話だったなぁ→俺のことを、いったい、どう思っているんだろう?

→すっぴんの妻は疲れているように見えるなぁ→俺のせいなのかなぁ,etc.

→朝くらいテレビを観ながら食事をしないで、ゆっくり話したいのに…。

→せっかく丹精込めて作ったメニューだから、たまにはほめてよ。

→私だって子どもと実家の両親のことで頭が一杯なのょ。

→夕食の際、本音をいっちゃおうかしら…etc.

 

そして

これらの思いを頭の中であれこれ反芻したり、将来のことが気になったったりして、雑念が浮かんだり、あれこれ考えたりしながら、仕事へと向かいます。

 

在宅のテレワークの人は、仕事部屋にこもります。

 

以上の例は、簡単に朝の時間帯と通勤時間のみにかぎっておりますが、この短時間の間にも

実にさまざまな思いが浮かび、そして消えていきます。

 

これらにふけっていると、いつの間にかいつもの駅にいつもの時間に到着。

 

 

すべての感情生活が─

喜び、気づき、力があるという感覚、自由、愛、感謝、情熱、熱意、意欲、幸福感、前向きな期待感、楽観的な姿勢、希望や満足感に満ちたもの

─であれば、自己肯定感、自己効力感、他者への寛容と他者肯定感は、確実に高まっていきますねぇ。

 

そのようにいかないのが私たちの現実。

退屈、悲観的な姿勢、不満、苛立ち、焦り、打ちのめされている状態、

失望、疑い、心配、避難、落胆、怒り、復讐心、嫌悪、憤り、嫉妬、不安、罪悪感、自信喪失、恐れ、悲しみ、うつ状態、絶望、無力感と言った感情モードにしばしば陥ります。

 

3.ではどうしたらいいのでしょう? ─まとめ─

退屈、悲観的な姿勢、不満、苛立ち、焦りや、疑い、心配、避難、落胆、怒り、復讐心、嫌悪、憤り、嫉妬、不安、罪悪感、自信喪失、恐れ、悲しみ、うつ状態、絶望、無力感は、誰しも、訪れる部屋のようなもの。

 

換気の悪い、陰鬱な部屋でもあります。

 

だったら、直ちに、その部屋の空気を新鮮な空気で満たしましょう。

または、その部屋に長く居座るのをやめて、なるべく早く、その部屋から去っていきたいものです。

 

もし、換気扇の具合が悪く、自分独りで、(解決)できないと思ったら、第3者に依頼するか、相談することをお勧めします。

 

このような部屋は、誰しも、訪れるものです。

 

それは、私たちが、生きている証しでもあります。

 

このような感情を切り替えるには、1日または1週間の刻々展開していく場面ごとの感情の切り替えを上手にしていくしかないのです。

 

目指すべきは、「感情の切り替え名人」なのです。

 

のんべんだらりとしているような平々凡々生活の中にも、実に多くの”場面″展開から成っています。

 

その場面が変わった時、感情の転換を図っていくのがコツなのではないでしょうか。

 

最後までお読み頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

巣ごもり生活の暮らし方のヒント

こんにちは。髙畑吉宏です。

 

巣ごもり生活の暮らし方。 

本日はこのテーマでお話したいと思います。

 

1.現況

 

思い浮かべると、私たち日本人がウィズコロナの生活を余儀なくされ、もはや1年以上にもなっています。

この間で普及した生活スタイルは、

  • テレワークや在宅ワークでの仕事
  • ZOOM等のオンラインの導入と普及
  • マスク生活の常態化
  • 3密の回避
  • 清潔(うがい、手洗い、洗浄等)生活の習慣化・日常化

反対に増えた要因としては─

個人の自由時間や家族と過ごす時間ではないでしょうか?

長い目で観ると、それは昭和の時代に遡ります。

 

それは、まず土曜日の半ドンに始まり、やがて週に2回の土曜日出勤体制になり、やがて完全週休が定着化しました。

さらに祝日法の改正により、私たちは、まとまった時間の自由裁量は、かつてないほど増えてきています。

 

場合によっては、ウィズコロナ禍にあって、通勤時間もなくなって、さらに自由時間は増えてきている方も多いはず…。

 

3.巣ごもり生活の暮らし方、愉しみ方

 

私自身、正直なところ、巣ごもり生活の不自由は、アウトドア派ではないため、さほど強くは感じていません。※社会生活のマナーとエチケット(心得)を除いて…。

 

なぜかと言えば、

  • すでに数年前からオフィスを都内から地元に移転していたこと。
  • 数年前から夜間にわたるミーティングは、してこなかったこと。

 

以上の2点に尽きます。

 

これにより今は日々極めて規則正しい生活の日々です。

かといって暇なのでなく、忙しい日々を過ごしています。(汗)

 

ただ多くのリタイア後のシニア族の方々が、そうであるように、週単位(ウィークディと土日)の流れが、職と住の統一化によって無感覚になりやすいのも事実。

 

リタイア生活の先輩に聞いたところ

ゴミの収集曜日と孫の塾への送迎で週の流れを認識しているとのこと。

 

4.理想はワークアズライフなのかも…

 

「ワークアズライフ」とは、仕事とプライベートを分けず、すべてが仕事であり、かつ趣味だとする考え方で、その提唱者は、落合陽一氏。

 

今世での3つの自由とは、「お金からの自由」、「時間の自由」。

「こころの自由」を考えると、ワークアズライフは、理想の姿なのでしょう。

 

ところが、

私たち凡人には、この3つは、多くの場合、葛藤、矛盾・背反として相対立してしまいます。

 

たとえば、お金からの自由を得るためには、給与や報酬を確保するため、時間を費やし、ついつい残業をしたり、上司や同僚等の人間関係維持したりするため、時間を費やしたり、神経を消耗ことになります。

 

それが昂じてストレスにもなって、こころの自由度は減じてきます。

 

たとえ、仕事は生活の手段だと割り切っても、世間は、それほど甘くありません。

 

私も以前、研究室に在室の時代に、生活費を得るため、塾経営に従事したことがありました。

当時の自分への問い掛けとしては、

「いったい、俺は何のために塾経営をしているのか?」とよく自問自答したものでした。

 

このように、手段が目的化してくる場合も、出てきます。

 

「手段の目的化」が起きないためには、絶えず自分の人生の意味を問う姿勢が求められるのでしょう。

 

幸いなことに、その時間は多くの人にとって与えられています。

ことに人生後半期に入ったシニア層にとっては…。

 

5.ワークアズライフとは?

 

そもそも作家やアーティストにとって、ここからが仕事、ここからがプライベートという時間区分と自己設定がないのです。

 

ある作家は、「スペイン旅行」によく出かけていました。

しかも、1回の滞在期間は、約3か月。

担当記者が

「取材旅行ですか?」と訊ねると

「……」とその作家。

ペンも取材ノートも一切、携えていないのです。

かといって、その作家の質と量は並々ならぬ実績があります。

この一例から学べることは、

  • 趣味をライフホビィにすること。
  • ライフワークを持つこと

 

上記①について言えば、

多趣味な人にとっては、選択肢が広がりますね。

上記②について言えば、

絶えず苦闘しながら自己への問いかけ以外に、ハウツー的なことは考えにくいです。正直!

 

6.コロナ禍のライフスタイルの弱点

 

今、自由時間が増えても、場面ごとの切り替えが上手くいかない場面が増えております。

 

一言で言えば時間の平板化でしょうか?

 

たとえば、サラリーマンの方が、電車通勤する場合、夕刻の乗車時間から自宅に到着する間に、気分・感情を仕事モードを切り替え、プライベートモードにすることができて、

「ただいま!」と、から元気でも声を掛けることができました。

 

朝の通勤時間も、同様です。気分・感情の流れが逆になるだけです。

 

普段より仕事でストレスを受けたり、感じていたりした際には、同僚や仲間を誘って居酒屋で痛飲し、語り合い、ストレスを発散することもできました。

 

その居場所として、居酒屋、バー、各種スナック、異性を対象にした風俗店やカラオケ店、職場付近には数多く存在し、その受け皿になっていました。

 

その選択肢は数知れず。

 

私も、かつては、同僚や後輩たちと飲み明かして、終電に間に合わっなかたのも数知れず。

 

このような感情のリセットがなされないまま、帰宅すると、職場のストレスを家庭に持ち込みやすいのです。

 

良妻賢母型の妻であってさえ、妻には妻のストレスがあり、待ち受けていた夫の帰りに、その感情を吐露したい立場、身であることもあります。

 

この点をどうするかが今、課題となってきているのです。

 

では、また次稿で!!

 

最後までお読み頂き、ありがとうございました。

 

 

 

コロナ禍の巣ごもり生活

こんにちは。髙畑吉宏です。

5月に入り、G.Wの連休も、半ばとなりました。

いかがお過ごしでしょうか?

 

1.昨今の巣ごもり生活

 

首都圏住む私に取っては、コロナの第4波の到来で、活動域の選択肢も狭く、普段どおり、(普段以上)に自粛しております。

 

ここ1カ月で遠出(電車での移動を含む)は、たったの2回のみ。

この体験から感じたのは、新幹線にしても電車にしても、そこそこ人たちが、利用されているという印象です。

 

第1波のときは、ガラガラの空き状態でしたが…。

 

電車はといえば、ラッシュアワーの時間を除いての時間帯にもかかわらず7人掛けの椅子に7人でうまっていて、立っている人はほとんどいない状況…。

 

なぜか、この印象を思いつくまま記してみますと、

□慢性的な自粛生活の疲れ

□やはりリアルに友人・知人と会いたい。

□連休の前にしておかなければならない何らかの事由。

 

ここで改めて不要不急に入らない外出とは、

  • 医療機関への通院
  • 食料・医薬品・生活必需品の買い出し
  • 必要な職場への出勤
  • 生活や健康の維持のために屋外での運動や散歩

等と言えるようです。

※ただ、電車に限れば、上記の②と④は視野からは外れる。

 

この点を押さえておいて、再考してみても、電車の利用者が、以前と比べ多いのは事実かと。

 

ここで、感じていることを、そのまま述べてみます。

ただし、私自身、テレビや新聞はほとんど接しませんので、ご判断ははすべてあなたに委ねたいと思う次第です。

 

2.首都圏の実際

 

首都圏の組長は、「来ないで!」とおっしゃっています。

このメッセージは、なんだか一人歩きしている感覚です。

1つは、せめて今は来ないでください」と発信すべきではないか。

 

2つは、千葉・埼玉・神奈川の東京との各隣接市は、生活圏内で、事実上、一体化していて「埼玉都民」と揶揄されてもいます。

 

いわゆる、観光県もそうなのですが、これまでの普段の県外から来訪者への、何らの謝意もなく、急に「来ないで」と言われたら、恋人に突然、肘鉄を食らった感じで後味の悪いものですネ。

 

神奈川・埼玉・千葉在住の現役ビジネス・パーソンは、仕事上、やむなく、都心に通っています。

 

「東京に来ないで」と言われて、その言葉を真正面から受け取った人の中には、面食らった人もいらっしゃるようです。

 

また逆に、東京都の場合、4月度の新生活の移転者を除き、神奈川・埼玉・千葉への移転者が、ウィズコロナの生活に入ってから、微増しているのも、これまた事実。

 

では、コロナ禍の最中、第一波のときに比べて、自粛生活へのメッセージが届かず、私たち、一般人の行動変容に至っていないのかは、なぜなのか?

 

3.その背景的理由を考えてみた。

 

「東京に来ないで…」との要請がある一方、来たる7月度には、世界の平和の祭典と言われる東京オリンピックパラリンピックが開催される方向で動いております。

ある時期聖火ランナーの映像がよく流れもいました。

 

開催ありきの前提??

他方では、「東京オリンピックパラリンピックは延期・中止すべき」との意見が国民の大多数です。

 

残りわずか3か月。

 

無観客を選択するにしても、

(東京に来て)という背反的な無言のメッセージを、同時発信を伝えていることになるのでないしょうか?

 

このような、ある意味、政治的なメッセージに敏感なのは、多くの私たちの一般人の人たちです。

 

あたかも、「子どもは、親のいうことは聞かないが、親のするとおりにはする」というように、国民は受け取っているという感覚でいるのは、私だけではないと思う今の私の心境です。

 

とまれ、今月中には、東京オリンピックパラリンピックの開催、延期・中止に関してはその発信がされるのだと予測はしています。

 

最後までお読み頂き、ありがとうございました。

 

 

人生の羅針盤を持とう! (Ⅰ)

こんにちは。高畑吉宏です。

人生の羅針盤を持とう! 

これが本日のテーマです。

羅針盤とは、針(=羅針)によって、方位、特に船や航空機の進路を測る道具。羅針儀。コンパスのこと。

 

この字義のとおり、私たちの人生に当てはめると、羅針盤は、私たちが生きていくための方向性を示す基本軸・自分軸のように理解していいと思います。

 

1.生きていく羅針盤を持つ意味

 

では、羅針盤を持つことの意義をご一緒に考えてみたいと思います。

その意義は、

・自分の方向性が俯瞰できる。

アイデンティティが明らかになる。

・方向性、目的性(目的地)が明らかになる。

このことによって、元気になることができる。

今の自分のやっていることを意味付けられ、価値づけら 

 れる。

困難に向かってのハードルを高め、問題解決力を高めら    

 れる。

─等ではないかと思います。

 

2.しっかりした羅針盤がなかった私の反省

 

私が田舎の高校生の時代では、当時は大学の進路指導があまりなく、情報と言えば、わずかばかりの偏差値と大学のブランド力等が、唯一の尺度でした。

 

「旺文社」という出版社から出されているA4の分厚い本が大学情報の唯一の情報源でした。

 

典型的な文系の能力しかない私は、はじめから、私学の文系を目指していて、一応、その第1願望は、何とか果たせました。

 

文系と言えば、当時は、法・経・商学部の人気が集中して、文学部等は、将来の就職を考えた場合、希望者は、少ないものでした。

 

かくして当時、私が進んだ学科のクラスでは、法律家志望が多く、1,2年次には、7,80%位が、司法試験を目指しておりました。

 

ここで私にとって問題なのは、当時、司法試験の合格者の平均年齢が、29歳と少々という事実でした。

 

もし万一私がこの資格を目指すとしたら、

・それまでの生活資金を確保できるか?

・その間、法律の学習を継続していける忍耐力が維持でき 

 るのだろうか?

・そもそも、その能力・学力があるのか?

 →実際、成績は良くはありませんした。

・自分が選んだ法律学が果たして自分に向いているのかど 

 うか?

 

この4つは、どれも深刻な課題でしたが、最後の悩みが一番、深刻でもありました。

 

3.問題点はどこにあったのか?

 

私の場合、いわば、まわりによって価値づけ、それをベクトルによってそれを内面化していたことに気づかされ、本来の自分に気づいた時期は、大学3年生の後期の頃でした。

他のクラスメートには、このような悩みを抱えている人は見当たらず、ひたすら一人で悶々した日々。

 

色々、呻吟した結果、自分の関心事は、専攻すべきテーマは、、「産業社会の働く人の産業行動」だと気づいたのです。 

簡単にいうと、「人はなぜ、働くのか」とまとめてもいいかと思います。

 

一浪(大学院受験浪人生)をして、意を決して「産業心理学」に専攻を変えて、学び直しました。

これによって、「産業心理学・心理学」について、学部での基礎知識が欠けたまま何とか大学院へ進むことができました。

それまでの間、始めて゛浪人生”となり、その間、2年半は、大学の図書館に通い詰めました。

 

結果としては、何とか合格し、この時点でアカデミィズムを目指し、当時、その分野で知られていた、中野渡信行教授の門下生と相成りました。

 

単純に言えば、2年間半以上は、ある意味、無駄な勉強をし、その付けが回ってきたという計算になります。

 (先生は、「最後まで大学に奉仕したい」という意向の持ち主でしたが、不幸にも、その通りになり、70歳を直前にご逝去されました。)

 

4.以上のこのことから学んだこと

 

自分の羅針盤を持つためには

  • 周りに左右されない自分自身の価値尺度をしっかりと持つこと。
  • 外面的期待と、切り離して自分の内なる想いを問うこと。

─が大事かと思ったのです。

 

この2点は、簡単なことではありません。

 

若者を問わず、多く人は、この課題に苛まれてもいるのですネ。

ただ言えることは、この課題を正面から、見つめていかなければ、その"付け”が後々回ってくると思っています。(後述)

 

さて、話を戻すと、

有名進学校であれば、進路指導の前に有名大学への合格者数を追究する場合が多く、真の意味での個々人へのアドバイザー、キャリアカウンセリングはしてもらえないからです。

 

情報過多の今でも、その基調は変わっていませんね。

 

もう1つは、中・高校生ともなれば、荒波を越えていきながら、自分で意思決定をしていくことが求められることは、多分、今も昔も変わりません。

 

一言で言えば、外面的な価値観や諸情報は、同調圧力として私たちに、襲い掛かってきて、プレッシャーを与えるのです。

 

若者の多くは、外からの期待に応えるため、自己の“ 本当の自分”と向き合えないまま、自分の内なる声を潜めているケースがよくあります。

 

それには、たとえば、

  • 両親からの期待
  • 両親以外の家族・親戚等からの期待
  • 友人、クラスの仲間に同調すれば安心感がある。
  • 教師や学校からの期待
  • 社会の価値観、時代のトレンド・流行、等

 

先に述べたように、自分の人生の羅針盤を築き上げていないと、社会人となっても、シニアと呼ばれる年齢層になってさえも、現実とのギャップに悩まされる方も決して少なくありません。

 

5・暫定的まとめ

 

私たちが迎えようとしている将来は、「ブーカ(VUCA)と呼ばれ、先行きが不透明で、将来の予測が困難な状態を意味している呼び名です。

以前の指摘したブーカの時代とは、以下の、4つの単語の頭文字を取ったものです。

V(Volatility:変動性)

U(Uncertainty:不確実性)

C(Complexity:複雑性)

A(Ambiguity:曖昧性)

 

そのようなかで、自己を見出だして、自分の将来、キャリア形成をスタートしていかなければなりません。

 

話を若い時期に戻し、そこにフォーカスすると、

中高・大学での大学生活で言えば、先生の授業を受けることは、その生活の1つに過ぎないかも知れないです。

親や先生と違って、年齢もほぼ、同世代の友人・仲間との出会いや交流、情報のシャア、悩みを打ち分けたり、意見の交換をしたり、友情に悩んだり、恋に陥ったり…。

 

また、同じゼミ生との議論を〝肥し″として成長をしてゆけるのが、大学生活の本来の姿なのでしょう。

 

これらを生活体験することで、無形の財産を得ることができ、そのことのほうが大きいことである場合も多いと言えるでしょう。

 

この通過プロセスで、自分の姿を垣間見て、私たちの羅針盤を得て自己確立していくことができるのではないでしょうか!

  

最後までお読み頂き、ありがとうございました。

 

 

人生100年時代の復路のライフ設計

こんにちは。高畑吉宏です。

 

ゴールデンウィークの予定もすでに立てられている方も多い時期でしょう。

 

あなたのご予定は、いかがですか?

ただ、コロナ禍のなか、選択肢もあまりないのも事実でしょう。

 

さて今回は、老活をテーマにしたいと思います。

 

1.これからのシニアのライフ課題とは何でしょう?

 

ずっと以前に人生100年時代のことをテーマにしておりました。その後、リフレッシュするため、4カ月少々、お休みを頂きました。

 

人生100年と言われても、そんなのとてもムリ、ムリと思われる方もいらっしゃるでしょう。

 

あえて言えば、その思いとは、関係なく、「政治・社会経済構造づくり」が安倍内閣の時代からスタートしているのです。

最近では、マスコミ等でもよく耳にする方も多いのではないでしょうか?

 

要するに、「世界で長寿化が急激に進み、先進国では2007生まれの2人に1人が100歳を超えて生きる「人生100年時代」が到来するという予測に基づくもの。

 

よって、「これまでとは異なる新しい人生設計の必要性」が説かれているのです。

 

2.働き方の変遷

 

このことは企業の人事制度(定年制の見直し,延長化等)や、働き方の多様化(副業の承認等を含む)を余儀なくされており、大企業も率先してこれらに既に着手しております。

 

私が、かつて研修テーマで出講していた時期の「ライフプラン」のモデルは、もはや通用いたしません。

個々人が自立して自分のライフ設計をしていく時代になっているのです。

 

ここまでは、以前にご紹介した記事の要約です。

 

さて、ここから本題に入ります。

 

3.老活って何?

 

「終活」という言葉は定着していると思います。

「終活」に”待て“ を掛けた人を挙げると、精神科医で作家でもある帚木蓬生氏や坂東真理子さんがよく知られているかも知れません。

 

分かりやすく言うと、

定年=リタイア後→終活の直線的な流れではなく、定年+老活+終活という図式で、人生100年時代をより実りあるものにするライフ設計といっていいと思います。

 

老活」と書いて「ろうかつ」または「おいかつ」と読みますけれど、音訓表記で言えば、「ろうかつ」が自然な感じです。

 

ただし、「老活」という言葉自体は、私は好みではありません。良い言い方があれば、お知恵を頂きたいところです。(正直!) ※ここでは、以下、一般的な言い方に準じます。

 

作家の五木寛之さん流に言えば、下山志向?

私は、人生復路の生き方と仮に称しておきます。

そのほうがイメージしやすいかと…。

 

ただし、往路は誕生から始まりますが、復路は「死」という峻厳で絶対的な事実が待ち受けていますが、これを、「リ・ボーン」とする考え方もあるのです。

 

4.ところで老活っていつから始める?

 

結論から言えば、一般的な「べき論」はないと思います。

人生100年時代という視座から言えば、45歳位~と思いますし、そのように指摘する方も多いようにも感じています。

 

ただし、私のように準備してこなかった人間には、「思い立ったが吉日」と割り切っております。(汗)

 

5.老活の課題とは何だろう? ーHavingからBeingへー

 

老活を提言している方々の指摘にもありますが、健康寿命の延伸化(「活力資産」)が基本です。

 

家庭経済のリテラシーも大切ですが。

 

その1つは敢えて言いたいのですが、私流に言えば、「未完了のもの」をなくすことです。

 

たとえば、

□あの人に会っておきたかった。

□あの場所に行って見ておきたかった。

□これだけはしておきたかった。

□もっとパートナー(妻・夫)を大切にしておけば良かっ  

 た。

□お金・社会的地位にこだわってきた自分への後悔。

 等々……。

 

なぜモノ的なものを例示しなかったかと言えば、

こんな例があるのです。

 

一代で大企業の創業者・財界人なった、とある有名人の体験記を読んで、その社長が、最期を迎え、妻との語らいの日々を大切にしていたからなのです。

 

その社長曰く。

「自分が遺したものは、何だろう?株やモノは“あちら”には、もってはいけない。」と最期の時。妻との濃密な語らいに触れた時、感動して涙したからです。

 

老活は、「大器晩成」を約束するもの、「(時に敗者)復活」でもあると思います。

 

6.さて、老活の課題とは何でしょうね?

 

むろん、これまで生きてきたキャリア、知識、経験等を活かし、それらを仕上げる一つの生き方でもあるでしょう。

 

逆に、仕事(=創造価値を生む出すもの)ために発揮できなかったことに本気モードで取り組んでみるのも良いかも…。

 

たとえば、

以前、よく行った相模湖付近に、土・日しかオープンしていない蕎麦屋さんがありました。

そこの店主は、ウィークディはごく普通のサラリーマンのようでした。蕎麦打ち名人になるには、修行が要るようです。

 

「年季が要る」という分野のようですが、味覚音痴の私には、分からん世界です。

彼は、今では蕎麦屋さん業に平日を含めて、専念していらっしゃいます。

 

7.まとめ

 

老活をイキイキとして生き切る時、そこには“青春”が甦ります。

 

今までの経験を深掘りするにせよ、真逆のテーマに取り組むにせよ、

キーワードは、私たちが「未完了」と思えることを完結させる集大成の黄金期ととらえたら、いかがでしょう?

 

それは、そのことを考え、テーマとしたり考えたりするとき、ワクワクし、生きがい感を感じられるかどうかだと思うのです。

 

若い人ならば、今現在の、仕事やライフ課題に真摯に取り組んでいると、その先に必要に応じて、必然的に見えてくる風景があるかも…。

 

とまれ、再び、訪れる人生の黄金期をおう歌しようではありませんか!

 

最後までお読み頂き、ありがとうございましした。

 

 

 

 

 

良き「親業」を身に付けましょう!

こんにちは。高畑吉宏です。

 

昨日、スーパーに行くと、入り口のところのコーナーに友人の心理カウンセラーの石原加受子さんの本を発見。しばし、以前の交流が頭をよぎりました。

 

さて今回は親子関係の問題を取り上げたいと思います。

 

■良き”親業″を身に付けよう!

 

夫婦関係同様、親子・兄弟(姉妹)関係も、対処法を間違えると、軋轢、葛藤、憤り、背反・対立となり疎遠化につながっていくことにもなり兼ねません。

 

とりわけ、学業期(小・中高校生等)のお子さんをお持ちの方は、日々、ストレスの原因になっている方も多いでしょう。

ある意味、生半可に美人で成績もそこそこで育っている、たとえば、女子中学生を例にしてみましょう。

 

このような娘さんは、明るく元気で快活な子のイメージですが、友人や教師や親の前では、明るく元気な姿を演じなければなりません。

他者志向であったりするのです。

 

事実、ある心理学を専門とする大学教授が、中学生のクラスで、

「自殺したいと思うことがある?」と質問したところ、

何人かの子どもが、

「ある」と答えたそうです。

「それは、どのような時?」と尋ねたら、

「母親と話した時」と答えたと言います。

と娘さんは答えたと言います。

「お母さん、今日ね、学校でこんなことがあったの。……」

すると母、たとえば、こん言い方をします。

「あなたがしっかりしないからですよ」

「あなたならできるじゃないの?」等々…。

 

このようなやり取りでは、子どもは弱音を吐く機会を失ってしまいます。

 

このような対応の例示としては、

ある心理学では、5つのことを挙げています。

完全であれ

 →このメッセージを受けると、とても弱音など吐くわけ    

  にはいきません。

②他人(自分)を喜ばせて

 →母親、父親、家族からの期待が本人のプレッシャーに   

  なっていきます。

③一生懸命努力せよ

 →本人は、本人なりにあらん限りの努力しているの   

  に…と思っているかも知れません。

④強くあれ

 →「強くできていないから、今、相談しているんじゃな    

  いの?」と受け取られる場合もあり得ます。

⑤急げ!

 →”急げ“のメッセージは、相手(子ども)の感情を切り     

  捨てて、効率主義的に受け取られる場合も多いので   

  す。

 

かくして普通の“イイ子”は、教師、両親、友人等の他者志向からの自己形成であったりします。

 

冒頭に紹介した石川加受子さんは、「自分中心心理学」を唱えていらっしゃているのも、この辺にあるようです。

 

このような自己像は、もろい面があります。欧米では罪の意識、日本では゛恥“の文化として知られています。

 

俗にいう同調圧力の中に多く私たちは生きているのですネ。親本人も、それに気づいていない場合が多々あります。

自己志向(内向化)によって、いつかは挫折をも乗り越えて、自己形成し、このような文脈の中で、自己実現をしていくことによって、セルフアイデンティティが確立していくことが本来のありようではないでしょうか?

 

アサガオが咲くためには、冷たい夜の時間も必要なのです。

 

親は、子どもの沿った伴走者であり、もっとも身近な良き理解者、相談者であるのが望ましい立ち位置なのでしょう。

 

谷川俊太郎さんのことば

 

ひつつのおとに

ひとつのこえに

みみをすますことが、

もうひとつのおとに

もうひとつのこえに

みみをふさぐことに

ならないように

 

─この言葉は自分自身と相手へ向かう心的態度として言える言葉だと思うのです。

 

最後までお読み頂きありがとうございます

 

 

 

 

 

巣ごもり家庭生活を豊かに暮らしましょう!

こんにちは。高畑吉宏です。

 

■巣ごもり家庭生活時間を大切にしましょう。

 

今現在、コロナ禍にあってリモートワーク、どこにも行けない自粛生活の人が多い状態。

子ども達の部活の自粛によって、独身者を除いて夫婦だけの親子・生活時間が増えております。

 

夫婦、親子の団らんが増えていていいなと思うのですけれど、残念ながら多くの実態は必ずしも、そうではないようです。

 

ウィズコロナの新しい巣ごもり生活スタイルで、子どもも家に居る、夫も在宅、どこにも行けないという3つのストレス(トリプルストレス)で悩む奥様族が増えてきていると指摘されています。加えて3度の食事の用意等…。

 

私自身も、カウンセリングや知人・友人からも、これに似た相談を受けることが多くなっているという印象を持っています。

夫のほうは仕事の悩みは、一番身近に居る妻にはなかなか話せないというのが、私たち日本人の特性の一つかも知れません。

要するに支援(サポート)・援助を誰からも受けることがない状態。

 

カウンセリングでは、このような人を「援助的指向性の低い人」といいますが、独りで問題を抱え込んでいる状態なのです。

とはいえ、夫婦がそれぞれ、個々に問題を抱え込むわけにはいきません。よって、いつかは爆発してクチげんかになります。

ウィズコロナの〝新生活スタイル”は、専門家によれば、なかなか元には戻れないと、指摘される方もいらっしゃいます。

 

そのせいか、「これからずっとこの生活ママのが続くのがイヤだ」と゛離婚”が頭によぎる夫婦もいらっしゃいます。

カウンセリングでは、このような家族を機能不全家族といいます。

 

家庭生活や夫婦生活も円満、相性も趣味もウマが合うといった夫婦は2割程度ではないかと私は踏んでいたのですが、他の同僚の専門家も、そのことに同意していましたから、そう大きな違いはないのかも知れません。

 

機能不全(夫婦)家族となっている場合、お子さんがいらっしゃれば、さらに課題が多くなってきます。

私自身も、子どもができた時、「これで次代(=次世代)に責任を持つことになった」と自覚し、(正直なところ)自重したものでした。

 

近時の知見では、胎児からの教育が大切であることが明かになっていますが、それは言葉が分らなくても、「胎児は感じている」とでも表現したら、いいかも知れません。

これと同様、子どもの前では、平常心ぶっても、両親の雰囲気は、きちんと感じ取っているのです。

 

子どもにとって、父母(両親)の心の栄養素が足りない場合(=欠乏)、子ども達は、本来の快活さ、明るさが消えうせ、情緒不安定となり、不登校摂食障害等の遠因ともなり兼ね得ません。

 

■ではどうするか ─夫婦関係改善7原則のお勧め─

①夫婦といえども、価値観を押し付けない。

お互い弱音を語り合うことを心がける。

3S(すごい、すばらしい、さすが)から始めてみよう!

④感謝すべきことがあったら、言葉で伝えよう!

⑤ステップ・バイ・ステップで実行を!

⑥比較しないこと。

⑦相手が変わることを期待しない。※順不同。

 

では準を追って解説します。

①夫婦といえども価値観を押し付けない

普段の会話でもコミュニケーション力がない人がいらっしゃいます。その共通点の一つが、自分の価値尺度で相手の話を聞いたり、その反映として自分の意見を述べたりする人です。

身近に居ると思うパートナーでも、これだけは止めましょう!

 

お互い弱音を語り合う。

夫婦だからこそ、お互いに弱音を見せ、語り合う身近な存在であることを確認しましょう。その姿は子ども達にとっては微笑ましい風景の1コマです。

 

③3S(すごい、すばらしい、さすが)から始めてみよう!

私たち日本人にとっては、この3Sは、気恥ずかしいですよね。これに近い言葉を用意し、語彙(こい)を増やしておきましょう。3Sは、すぐにその場が原則ですネ。

「おい、どうしたの、今日の料理は、うまぞ!!」位から始めてもいいでしょう。

 

④感謝すべきことがあったら、言葉で伝えよう!

私自身、海外生活を経験したわけではありませんが、外国人と名古屋で2年間、日夜、宿舎で多くの外国人達と生活を共にした経験があるのみです。

私たち日本人は、どうやら「ありがとう(ございます)」という言葉を身近な人には言わない民族のようです。気恥ずかしい人は、次の⑤から始めてみてください。

 

⑤ステップ・バイ・ステップで実行を!

いきなり、変化したら、「あなた、どうしたの?」と言われるかも知れませんね。そう、ステップ・バイ・ステップで小さなことから、ムダなく、ムラなく、ムリなく始めましょう! これを、頭の下の文字を取ってダラリの法則と称します。

 

比較しないこと。

パートナーや子どもたちを、家族以外の一切の人と比べるのは一切やめましょう。それでなくても、私たちは偏差値や、出身校、勤め先、昇進等多くの比較尺度で生きて来ているのですから…。

せめて家庭内では比較尺度からフリーとなり、それ以外で安心感、信頼感を相互に確立していきましょう。

 

⑦相手が変わることを期待しないこと。

「相手の態度や言動を変えれば…」という前提は人情として分からないでもありませんが、この心的期待は無意味です。

「自分が変われば相手が変わる」というのが、心理学のテーゼです。

 

よって、繰り返しになりますが、ステップ・バイ・ステップで小さな成功体験を味わいながら、まずは、その実行・実践を心がけていきましょう!

 

最後までお読み頂き、ありがとうございました!

 

 

 

 

人生100年時代 自己発見の旅を深めよう!

こんにちは。高畑吉宏です。

 

1.自己発見の旅を深めよう!

 

話を前々回の本筋に戻しますネ。

私たちが持つ健康のイメージ ─その成長過程─ - 人生100年時代を幸せに生きよう! ライフプコーチ&カウンセラーの徒然日記 (hatenablog.com)

前々回、マズローの欲求五段階説を用いて私たちの自己成長とWHO(世界保健機関)の代替案の健康観を述べようと試みました。

それを敷衍(ふえん)する形で、皆さんと一緒に考えていきたいと思います。

WHOの代替案は、健康の構成要因として、①身体、②精神、③社会、④霊性の4つを掲げています。

ということは、

あなたは健康ですか?

と聞かれたら、

  • 身体的に良好な状態であること
  • 精神的に良好な状態であること
  • 社会的に良好な状態であること。
  • 霊(スピリチュアル)的にも良好な状態であること

の①~④を確認しながら、答えなければなりませんネ。

 

これに近似した健康観、医療観が日本ホリスティック医学協会の以下の定義です。

『人間を「体・心・気・霊性」等の有機的統合体ととらえ、社会・自然・宇宙との調和にもとづく包括的、全体的な健康観に立脚する。』

 

「西洋医学の利点を生かしながら中国医学やインド医学など各国の伝統医学、心理療法、自然療法、栄養療法、手技療法、運動療法などの各種代替療法を総合的、体系的に選択・統合し、最も適切な治療を行う。」

「病気や障害、老い、死といったものを単に否定的にとらえるのでなく、むしろその深い意味に気づき、生と死のプロセスの中で、より深い充足感のある自己実現をたえずめざしていく。」Copyright(c) Japan Holistic Medical Society

 

以上は、(ホリスティックな)医学から見た定義です。

この日本ホリスティック医学協会の定義には、スピリチュアリティ(Spirituality)の概念が組み込まれています。

 

2.なぜ、私たちはスピリチュアリティ霊性)に関心をいだかないのでしょうか?

 

スピリットいう英単語は、魂と置き換えても、ほぼ同義です。

1つの理由は、普段の日常生活で忙しいことや、核家族化した現在、地域に根差した信仰が薄れ、霊的なるものにご縁がないことも挙げられるでしょう。

その一つの例としてコンビニよりも多いと言われていた神社の数が最近では激減しています。文化庁調べ

 

また「霊的(スピリチュアル)」と聞いて、尻込みする人たちも多いせいでしょう。

加えて、俗にいうスピ系のハウツーまがいの出版物やセミナーが跋扈(ばっこ)していることもあるかも知れません。

 

霊性に関心ある人も心得たもので、スピリチュアリティに感心のない人に、本能的に話題にもしないのも事実です。

 

また、霊的話題=宗教ととらえている人も多いです。事実、一度や二度にわたって、宗教への勧誘を受けて、トラウマティックな体験をした方も少なからずいらしゃるようです。

宗教アレルギーの人は多く、霊性=宗教と思い込んでいる人は多いのです。

 

3.あなたは“死”は怖くないですか?

 

高級マンション老後を過ごしている人たちの最大の願いは、「健康長寿」だそうです。

ただし、健康長寿は永遠に叶いません。必ず死を迎えるからです。

だとしたら、

いつかは必ず向こうのほうから訪れる”死”とは何か?

死んだらあの世はあるのか?

という一見素朴で、深いテーマに逢着することになりますけれど、またこれに向い合うことにより「生きがい」や「自己発見」を見出すことができるのだと思います。

 

マズローはこれらの霊性の課題に答えようとしたのです。

実はマズローは晩年になって、欲求六段階説を唱えました。

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4.トランスパーソナル心理学の誕生

 

晩年のマズローは、自己実現欲求がなされた後、さらなる欲求があり、それを自己超越として捉えました。

そして、スタニスラフ・グロフとの話し合いによって、トランスパーソナル心理学の誕生と相成りました。

その翌年にマズローは亡くなりました。

ある意味、トランスパーソナル心理学は、心理学を超えて精神医学、社会学、物理学、非日常体験、宇宙物理学、政治経済等を包摂したものです。

 

5.まとめ

 

現在、「生と死」、「あの世のこと」を科学的な真摯な態度で学ぼうとする場合、私にとっては─、

─この二つの選択肢が真摯に取り組めるライフ課題なのです。

以降、徐々にこの①と②について共有していきたいと思っております。

※もっともグリフらの著作は、膨大で難解でもあるので一定のタームをおいて触れていきたいと思います。

私は、大手企業関連の研修コーディネーターであるとともに、個人のクライアントさんにはライフコーチ&カウンセラーでもありますが、仕事の上では、スピリチュアルへのいざないをするものではありません。念のため。

 

最後までお読み頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

最近の行動歴から感じたこと。 ─コロナ禍の中での体験記─

こんにちは。高畑吉宏です。

 

1.埼玉県から広島までの2泊3日旅行

 

私は、先にも触れた理由により4月10日、埼玉から広島に出向いてきました。

ドァー・ツー・ドァーで約8時間の長旅でした。

初日は地元のホテルに1泊。

一連の行事が終えて、夕刻8時半、実家近くのホテルに一泊。ホテルの付近には一軒の「博多ラーメン屋」しかなく、そこで妹夫婦達と3人で夕食。

びっくりしたのは、この時間帯にも関わらず、そこそこ、混んでいるではないか。

首都圏では東京都に次ぐコロナ感染者の多い神奈川県とともに埼玉県から移動した私はびっくり…。

「この時間帯に営業していいのですか?」と、うっかり訊いしまったた私。

「……、そこの掲示板を見て!」と会計者の応答。

掲示板には広島付近のチェーン店が表示されていた。

この問い掛けが要を得ないことに後で気づいた私。

広島県には「まん防(まん延防止等重点措置)」もないのであった。

さて

翌日は首都圏のラッシュアワーに巻き込まれたくないと予測し、広島駅付近の典型的な廉価のビジネスホテルを予めネットで予約しておいた。

このホテルは駅極近なのですが、分かりにくく、目の前に立っていても、エントランスが発見し憎く、探すのに一苦労…。

何とかチェックインしたが、エレベーターが動かない…? パソコンの画面に注中している女性に聞くと、カードをかざさないと動かないと言う。

やっとの想いで、チェックインし、空腹を満たすため、近くにある地元の本場の広島のお好み焼きを満喫したくて、20時30分頃、そこに入店。

 

そこでも、またまたびっくり。

客席は4人用のコーナーを除くと、ほぼ満員状態。

私はカウンター席に。

後の4人組は、酒を吞みながら、話は盛り上がっている状態。さらに─

「〇〇のキープをお願いします」(〇〇)は、どうやら焼酎のようだ。

いわば、ボトルのキープのキープ。

まるで私がサラリーマン時代に、飲んで同僚達と時間を忘れて話に興じていた風景と重なってしまった。

そうだ。

ここも「まん防」の適用の範囲外でもあるのだ。

それにしても、大丈夫?大丈夫?なのかと‥‥。

わが埼玉県も、知事が昼間のカラオケ店が、クラスターの発生源になっていると表明したのは、比較的最近のことであった。(ただ単に時間帯の問題ではないのだ)

 

さて、いつものようにホテルのカードをポケットに入れ、外食した私は、

そのカードに部屋番号の記載個所がなく、このことに気づい大大慌て。

先ほどの担当者に聞き、自分の部屋番号を訊ねた。609号室とのこと。

部屋のドアのところにカードを当てても、無反応??。

やっとの思いで、分かったことは、極薄の名刺大のカードを横にして当てると部屋に楽々と入ることができるのであった。

翌日のチェックアウトは、カードを箱に入れるだけでOKでした。とても簡単。

 

3.所感とまとめ

長々と行動歴を話したのは、

私がAI化時代の職業の変遷について述べたことを肌感覚で実体験したからです。

 

出張慣れしたビジネスマンにとっては、私が広島駅近のホテルが廉価で使い勝手が確かによいのでしょう。

ただ、無機質で、すべてがネット環境で設定されているのも事実。

 

後々の稿でまた触れるつもりですが、これからの時代、二極分化の時代となるでしょう。

 

価格だけを比較すると、広島の駅近のホテルは明らかに安いし、お部屋のスペースは、通常のビジネスホテルよりも広い。

二極化のもう一方は、人的交流があり、接客態度がホスピタリティマインドはあるけれど、それ相当の料金を支払うホテルとなるのでしょう。

 

ということで今回は私の恥ずかしい体験記でした。

<追記>

コロナ禍の初期(昨年の同時期あたり)は新幹線はガラガラの空席状態でしたが、今回は、往復ともそこそこの乗車率でした。

コロナ禍対策は日々、変化してはいますが……。

 

次回から、前回の続きを投稿する予定です。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

私たちが持つ健康のイメージ ─その成長過程─

こんにちは。

高畑吉宏です。

 

1.今、あなたは健康ですか?

「元気ですか?」、「今、健康ですか?」と問われたら、あなたは、どうお答えなるでしょうか?

「まぁ ぼちぼちですョ」と半分、はぐらかせてお答えになる方が多いのではないでしょうか?

多分、私もそう答えると思います。(相手にもよりますけど…)

その1つの理由は、入院している場合を除いて、中高齢者ならば、基礎疾患(高血圧、高血糖、高コレストロール値)等々により、薬剤を常用していたりしますし、またコロナ禍で運動不足や、家庭でのリモートワーク疲れもある人もいらっしゃることでしょう。

よって「ぼちぼち」としか答えられないのかも知れませんね。

もう一つは、今は元気(それなり健康)だけど、これから先はどうなるか分からないという将来の健康不安があります。

事実、将来不安について言えば、「お金のこと」がトップの調査が多いのですが認知症」への不安を加算すると、心身の健康不安がトップになることとなります。

さて私は、かつてはメンタルヘルス研修で、今はカウンセリングやコーチングで、最初に、まず─、

「あなたの元気度は(10段階で)、どれくらい?」よく質問します。

これは数値することによって、クライアントの今の状態を共有化しやすいからなのです。

もし、クライアントがカウンセリングの終了後、同一の数値ならば、カウンセリング料は、返金しなくてはなりません。

今回は私たちの健康観について触れたいと思います。

 

2.健康ということ

私の健康観から言えば、WHOの代替案に健康観に準じておりますので、本ブログをお読みの方への、この説明は、ちょっとばかり説明の手順化と段取りが必要と思っております。ご容赦ください。

まずはよく知られている、心理学者アブラハム・マズローの欲求五段階説から、説明してみましょう。

 

マズローの欲求5段階説を使って自己分析「自分は何を満たしたいのか」 | 自分らしく、楽しく。

 

マズローは、フロイトと違って病因モデルから脱して健康な人を探求し、ヒューマンポテンシャル運動(人間性回復運動)に貢献した心理学者として知られています。

では一番下層のから順に、簡単に説明します。

 

1.生理的欲求:とは食欲、睡眠欲、性欲といった欲求が満たされることを言います。生理的欲求が満たされると次の欲求へと進んできます。

 

2.安全の欲求:いくら生理的欲求が満たされても、身に危険があったり、生活が脅かされたりするのでは安心・安全とは言えませんネ。警察が必要なのはそのためです。

 

3.社会的欲求:別名「愛と所属の欲求」とも言われています。私たち人間は「社会的動物」と言われるように、集団に所属し、そこで認められたい、という欲求を持つことになります。

 

4.承認欲求: 自分の価値を認められたいという欲求です。会社で働いてして、早く管理者になりたい、というのも承認欲求の表われと言えるでしょう。

 

5.自己実現の欲求:自分のもつ能力を最大限発揮して自己を実現したいという欲求です。

 

3.マズローの欲求ご段階説について

マズローは低次の欲求が満たされないと次段階の欲求に向えないという感覚でとらえられるケースがあるようですが、あくまでも、「段階性」ととらえておくことが大切です。

 

②日本は先進国で「文化的最低限度の生活」は憲法で保障されていますから、安全の欲求レベルは基本的に守られているとも言える訳です。※コロナ禍の現状は今は除くとして。

 

承認欲求は課題が多いのも現実です。「人に好かれたい」、「嫌われたくない」ということで、悩む人は実に多く、その相談に乗るケースも増えています。とりわけ日本は同調圧力が強い社会であるため、「人に嫌われたくない」という感覚で自分自身の「らしさ」を見失うことが多々あるのです。

芸能人の自殺や薬物中毒に象徴的に見られるように、アーティストとして名をはせた外からは「自己実現」をしていると思われる人たちも内なる自己は葛藤に満ちている人たちも存在していること。

※私がホリスティックライフコーチを自称しているは、ここいらの辺にあります。

 

4.まとめとこれからの課題

以上、マズローの欲求五段階説を簡単にまとめました。

最近は知られるようになりましたが、実はマズローは後年、自己実現の次段階として「自己超越の欲求」という概念を提案しました。

このことと、WHO(世界保健機関)の健康の代替案(身体、精神、社会、霊性)の健康要因とも結びつくものと思っています。

 

では次回にお会いできればうれしいです。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上手な感情のコントロール法を身に付けよう!

こんにちは。

高畑吉宏です。

今回は感情のコントロールの仕方について触れていきます。

 

 1.私たちは感情の動物?

日々、あなたはどのような感情生活を送っていらっしゃいますでしょうか?

私たちの感情を喜怒哀楽で表したりされますが、この4つだけでは表現し切れない気もします。

心理学によっては、その体系の中で、種々に分けられ、不適切な感情のコントロールの仕方を学べる分野ものもあります。

 

ここでは、米国を始め、海外に多くの読者を持つ、エスター・ヒックス&ジェリー・ヒックス著『願えば、かなう エイブラハム』の感情の分類に従ったみることにします。

同書によれば、以下のとおりです。

 

2.感情のスケール

 

1.喜び/気づき/力があるという感覚/自由/愛/感謝

2.情熱

3.熱意/意欲/幸福

4.前向きな期待

5.楽観的な姿勢

6.希望

7.満足

8.退屈

9.悲観的な姿勢

10.不満/苛立ち/焦り

11..打ちのめされている状態

12失望

13.疑い

14.心配

15.避難

16.落胆

17.怒り

18.復讐心

19.嫌悪/憤り

20.嫉妬

21.不安/罪悪感/自信喪失

22.恐れ/悲しみ/うつ状態/絶望/無力感

 

ご存じの方も多いと思いますが、エスター・ヒックス&ジェリー・ヒックス著『願えば、かなう エイブラハム』は、一時ブームになった引き寄せの法則の主流とも言えるものです。

 

英語を直訳すると、『求めよ、さらば与えられる』とも訳せる本の「タイトルです。

同書によれば─

1.喜び/気づき/力があるという感覚/自由/愛/感謝

2.情熱

3.熱意/意欲/幸福

4.前向きな期待

5.楽観的な姿勢

6.希望

7.満足

─上記の7つの感情を維持していくことが宇宙の意識に交流しやすくなり、望ましいと指摘しています。

 

ところが、私たちの日常の感情生活は1~21まで揺れ動くのが実情ではないでしょうか?


前向きな期待で就職活動(↑)し、どこにも受からなかったなら、やがて失望感を覚える(↓)ことでしょう。

また幸福なカップルが結婚し、理想の二人の生活を始めた(↑)ものの、お互いをよく知ることで、かえって落胆してしまうことも(↓)、しばしばです。

次の記述に入る前に下位の感情のスケールを再掲しておくことにします。

 

17.怒り

18.復讐心

19.嫌悪/憤り

20.嫉妬

21.不安/罪悪感/自信喪失

22.恐れ/悲しみ/うつ状態/絶望/無力感

 

これらの感情は、宇宙意識(=エイブラハム)にアクセスしにくい感情として指摘されています。

各々の対処の仕方は、直接、本書をお読みになることをお勧めしますが、人によっては、これらの感情に苛まれている方も多いと言えるでしょう。

 

3.感情生活の現状

 

冒頭で述べたように、私たちは感情の動物です。

一説によれば、1日5万回、感情が動くという説がありますが、真偽の程は別としても、多くの感情を抱いて日々を送っています。

たとえば、朝、電車に乗ってマナーの悪い人を見つけ、イライラ感が昂じる。会社では上司とのちょっとした言い方が気にくわないので、いらだつ。だけども、帰りの電車では好きな読書ができ、書者に感動。途中のコンビニに立ち寄って買い物をしたら、店員に威勢よく「ありがとうございました」と笑顔で言われ、ちょっといい気分。

その場面その場面ごとに感情の変化が上から下まで波のようにあるときは上昇し、また下降し変化しているが通常です。

それは、私たちカウンセラーやコーチでも言えることなのです。

 

4.まとめ

 

まずは場面ごとの自分のいい気分を見出し、そこにフォーカスし、ひらめき、ときめき、かがやきを見つけていきましょう!

そして、喜び、気づき、効力感があるという感覚、自由、愛、感謝、情熱と熱意と意欲をもって幸福感をもつようにし、前向きな期待感、楽観的な姿勢と希望をもちながら、日々、大切に生きていきましょう!

 

最後までお読み頂き、ありがとうございました。